――銭湯・亀の湯。
「うむ、これは立派な銭湯で御座るな」
「わーい。お風呂屋さんだね☆」
「あ、ああ――」
洗面器にシャンプー・石鹸・タオルといったお風呂セットを手にした三人は、夕焼けの空にもうもうと煙を上げる巨大煙突を見上げた。
「どうしてここが害蟲駆逐兵《デバッガー》出現のキーポイントなんだ?」
「どうしてだろうねー」
「愚拙が想像するに――」
頭に手拭を載せた高梨老人は辺りを見回した。
「――この銭湯は言わば『四神相応《しじんそうおう》の地』ではないかと」
「シジンソウオウって何だ?」
「天空そして地上を四つの神獣が守護する――という古代中国の思想で、東に青竜、西に白虎、南に朱雀、北に玄武が位置すると言われておりまする」
「あ、ゲームで聞いた事がある。それって風水や陰陽道に関係する奴だろう?」
「左様。古来、呪術《オカルト》と遊戯《ゲーム》は切っても切れぬ関係ですから不思議ではありませぬな」
「へー」
分かるような分からないような意見に、啓二はあいまいに頷いた。
「……で、亀の湯がその四神相応の地な訳?」
「大和民族が唐の宮都を手本に造りし平安の都が、この原理に基づいた都市であったのは有名でありますが――」
東:青竜(流水)
西:白虎(大道)
南:朱雀(池澤)
北:玄武(丘陵)
「こういう地には良き気が集まると言われておりまする」
「はあ」
「同じ観点でこの地を見ますると、ご覧の通り」
そう言って高梨老人は懐から地図を取り出した。
「東に川、西にメインストリート、南に沼、北に山。その中央にあるのが、この銭湯。正に理想の吉相の地。――まあ、これは付け焼刃の知識故、大和の末裔である次元鍵殿には『釈迦に説法』でしたな」
ぶん、ぶんっ、ぶうんっ。
啓二は思いっ切り首を横に振った。
「とは言え――」
高梨老人は腕組みをして唸った。
「この辺りが四神相応なのは確かでありますが、単なる偶然でしょうな。そもそも次元扉《ディメンジョンドア》を開放するには次元鍵《ディメンジョンキー》が必須。愚拙の思い過ごしでありましょう――」
「……そうだっ!」
唐突にミアが声を上げた。
「何か分かったのか?」
「ううん、こことは関係ないかもしれないけど、気になる事があって」
「気になる事って何だ?」
「えっとね、啓ちゃんのフルネームって『橋本啓二』よね?」
「それがどうしたんだよ?」
「ボク、こっちの世界の命名ルールってあんまり詳しくないけど、長男だったら普通『啓二《けいじ》』じゃなくて『啓一《けいいち》』じゃない?」
「…………」
啓二はミアの方を振り返ると、ごくりと唾を飲み込んだ。
「まさかとは思うが……今朝見た男……俺の双子の兄?」