第14回 ( written by Rant さん )

「な、なんだ? 一体何なんだ?」

「わかんない。けど、とにかく行ってみようよ。」

「うむ。そうで御座るな。流石姫様、大事にあって天晴れですぞ。」

戸惑う啓二を引っ張って、ミアと高梨老人は進む。中程まで来たとき、不意にそのコピー啓二がふと視線をこちらに向け、目が合った!

「ううーっ、なんかこう、ぞーっとするなぁ」

夏なのに、背中に冷たいものを感じる啓二。コピー啓二は大きく目を見開き、

そして、次の瞬間……

害蟲駆逐兵《デバッガー》ごと掻き消えてしまった。

「あ〜あ、逃げちゃったね。」

「う〜む。次元鍵能力を持っているとは。まぁ、それはそうですな。ははっ、やられましたな。」

「こんなことなら、啓ちゃんは置いていくんだったかな?」

「成程。むしろ物陰に隠していくべきやったやも知れませぬな。」

「こらこら、勝手なこと言うなよ。」

3人は外車ディーラーの前を避けて、学校へと向かうことにする。

「あ〜あ、宿題やってない上に、こんなことになるなんて……」

既に始業時刻をゆうに30分はまわっていた。そう、もちろんのこと、遅刻である。



「と、言う事は何かね、未確認飛行物体が街を襲撃していたので、始業式の日に遅刻しましたと、君は、そう言いたいんだね。」

学年主任は眼鏡を手でズリ上げながら、嫌味な口調でそう言った。

「はぁ……飛行物体ではないと思いますが……」

「だいたいね、初日からその心構えと言うものがだね……」

「はぁ……」

こう言うときは何を言ってもムダと言うものである。啓二は聞いてはいるぞと言うジェスチャーに気の乗らない返事を繰り返すしかない。

「月岡君、ちょっと……」

やおら教頭が顔を出し、学年主任を引っ張っていく。しばらくして戻ってきた主任は、厳かに言った。

「あー、おほん。確かに未確認物体の襲撃を思わせる証言と破壊跡が確認されたようだ。それも複数の地点で。何が起きてもおかしくない世の中になったなぁ…… えー、それはそうとしても、できればそれでも、遅刻はしないでもらいたい。まぁ、無事で何よりだった。教室に戻ってよろしい。」

「はぁい。」

更に気の無い返事をして、啓二は職員室を後にした……疲れる。


「よう、早かったな。やっぱりおまえか、捕まってたのは。」

クラスに戻った啓二に同級の田中が声をかけた。

「そっちも大変だったようだな。」

と、ちっとも大変そうでない口調で言う。啓二は驚いて聞き返す、

「そっち、も?」

「こっちにも出たぞ、カニみたいな奴。」

「なに!? …でも、どうしてお前は捕まってないんだ?」

「要領悪いんだよ。裏から入ったに決まってるじゃん。そしたら1年や3年も遅れたって言うし、どうやら1丁目の方の奴も居るってんで、名乗り出ても良いかって思ったが、まぁ逆にほかっといてもいいやって考え直してさ。」

田中は、そう言って笑った。

「悪かったな。要領悪くて。」

啓二はそう答えたが、ミア達と一緒だったんでおとなしく名乗り出ざるを得なかったのである。ミアにしてみれば転校初日からちょっと非常識な理由で遅刻と来たもので、自分が証言しなければと思った次第。どうにも損な役回りではあるが。

「そうそう、どうせならついでに、もうちょっとゴネてれば、中山の顔を見ずにすんだかもよ。」

そう、啓二達の高校では始業式初日から授業があるのだ!

「いくらなんでも、それは無理だろう、まだホームルームも始まってないし。……しかし、ということは、3丁目の方も出たって事か。」

「そうだよ。何なんだろうな、あのカニ。」

「うーん、な、何なんだろう……」

そう言いつつ、ひそかに冷や汗再開、な啓二であった。



「今日は、皆に転校生を紹介する!」

担任水木の声が教室にこだまする。この万年青年はいつも熱血漢だ。―――まぁ、2重人格的熱血漢と言うのもイヤだが。

「2学期早々、この教室に仲間が増える、喜べ!」

ガラガラ、音を立てて扉が開く。長い髪を軽く後ろにまとめ、新調のセーラー服で入ってきたのはもちろん、ミアだった。男子生徒から『おおーっ』と言う声が上がる。

「邪馬台 深亜《ヤマタイ・ミア》さんだ。みんな、よろしくな!」

「よろしくっ!」

シュバッと片腕を上げて挨拶するミア。再び上がるどよめき、『おおーっ』。

「席は……窓側のあそこが空いてるな。」

「はぁい。」

窓側の後ろから2列目。いい席だ。たまたま空いており、クラスの半数以上は席替えのタイミングを見計らっていたような状態だが、ラッキーだった。そちらに向かう途中、前から3列目の啓二の横を通り過ぎる。

「えへへっ、よろしくね、啓ちゃん」

『なんだなんだ、知り合いか?』

『いつの間に、く〜っ』

どよめく教室、水木が静める

「みんな、静かに。橋本、ひょっとして知り合いか?」

「ええ、まぁ…」

『うぉ〜っ、このやろー』

こういうときは流石にちょっぴり得意げな、啓二であった。



ガヤガヤ。休み時間の教室はうるさい。ミアの席の周りには人垣が出来ている。

「でね、購買ではコロッケパンが名物かな。早く行かないとなくなっちゃうし。」

誰かが言った。

「ふぅん。」

素直に頷くミア。

「そうそう、競争社会だよな。もっと仕入ればいいのに。」

「手作りだからそんなに作れないらしいよ。」

先程からかやの外で数学をやっていた啓二も、

「今日は半ドンだから、きっと買えるさ。」

と、振りかえって希望的観測を述べた。

「甘い! 甘いなぁ。そんなことは皆狙ってるよ。今日こそは食ってやろうとする強者どもを相手に、どう戦うか、これが競争だよ。」

多いに芝居がかった様子で、田中が腕をまくる。パチパチ、と軽い拍手が起きたところに、恐怖の数学教師、中山が入ってきた……

「久しぶりだな、諸君。早速だが、宿題を提出してもらおうか。」

名簿順にノートを提出、それを教卓に座ったまま片っ端から斜め読みでチェックする中山。その場で左右に振り分ける、神業である。そして、向かって右のノートの山を掴んだ。

「よろしい。では、追加問題を配る。名前を呼ばれた者は取りに来い!」

「げげーっ、そりゃないよ。」

「基準は、宿題の出来が30%に満たない者。異議申立ては次回授業まで受け付ける!」

こう言って、判定はちゃんとあっているのだから手におえない。過去に異議申立てをして、追加問題が倍になった被害者が出てから、申し立てる者はいなくなっていた。クラスの約半数程に追加問題が渡された。啓二も田中も仲良く追加組であった……

「うん、良く見ればこの教室は一人増えているな。」

「はぁい。」

ミアが元気良く返事する。

「君は誰かね? 見なれない顔だが。」

「ボクはミアでーす。今日転校してきました〜。」

「……そうか、転校生か、なら君も追加問題だ。」

「ええーっ、何でですかぁ〜。転校生は宿題なしでしょっ!」

「うんにゃ、君は僕の出した宿題をこなしていない、つまり、出来にして0%だ、残念ながら。よしんば前の学校の宿題をやっていたところで同じっ!」

「そんなこと言ったら、そもそも1学期はいなかったんだからその分はやってなくて当たり前でしょ!」

「だめだだめだ、本日付けで転校、イーコール、2学期最初の問題が課せられる。たまたま宿題が良かった者のみ免除。つまり、免許の考え方だな。」

「ぶーぶー、、、」

「ほえてみたって、ダメなものはダメ。追加問題でも基準に達しなかった者は、等しく次が待っているぞ!」

「ふぇーん。きょ、強敵ぃ。分かりました、今回はうけましょっ!」

「分かればよろしい。では、授業をはじめるぞ。ちなみにロスタイムは5分だ。」

コツコツとチョークが黒板を叩く。啓二は斜め後ろに筆談をまわした。

『やれやれ、やっぱりミアでもだめじゃないか。しかも、ロスタイム取られたぞ。チャンスだったのにコロッケパンは難しくなったな。』

『ふん、だ!』

シンプルな答えが返ってきた。

………

やがて、授業も終盤になって、やおらミアが手を挙げた。

「せ、先生、あのぅ……」

立ち上がって、モジモジ。顔はうつむき加減。よく見るパターンだ、

「よろしい、行って来なさい。」

「はぁい。」

ガララッ、後ろの扉を空けて、ミアは教室を出ていった。

が、しばらくたっても帰ってこない。

(遅いな、大丈夫かな。ひょっとして、怒ってるのかなぁ……)

啓二は気になってしかたがない。そうこうしているうち、終業のベルが鳴り、更にロスタイムが終わった。

「では、当たった者は追加問題をやっておくように。さっきの転校生にも伝言な。」

そう言い残し、ようやく教室を去る中山。入れ替わりに、そおぅっとミアが入ってくる。

「じゃーん!」

「あーっ、ミア、何だそれは!?」

得意げな表情で啓二に見せびらかしたものは、件のコロッケパンだった。


「もぐもぐ、おいしいなっ。」

「おまえなぁ……」

「別にボクは、おなかが痛いとか、トイレに行かせてとか、何にも言ってないよ。コロッケパン買ってきていいですかって、言ってたのさっ。」

「それ、先生には聞こえてないと思うぞ。」

「うん、きっとねっ。でも、許可さえもらってしまえばこっちのモノっ!、でしょ?」

「うーん、やるねぇ。」

机を挟んで向かいに陣取った田中が感心する。追加問題の当たった者達が机をくっつけて対策本部を設置、昼食を取りながらの作戦会議、というか分担決め、の最中だ。

………

やがて、お開きになった頃、高梨老人が血相を変えて飛びこんできた。

「ひ、姫様、大変で御座りまする! 愚拙がはるか遠い祖先を偲んで作った縄文住居が例の暴走害蟲駆逐兵《デバッガー》にやられ壊滅。更に、マンションも直接の被害こそなかったものの、近くの高層ビルが倒壊の危険性ゆえ、一帯が立入禁止とされてしまいました。ううっ……」

「それは大変。今夜も啓ちゃんちにお邪魔だね。」

「助かり申す。次元鍵殿。」

「こらこら、んな勝手に。まぁ、いいけど……

いつもの強引さに苦笑しつつあった啓二は、ふとあることに思い当たる。

「待てよ、確かそのマンションって…

突如廊下を走り出す啓二。追いかける2人。

「こらこら、いったいどーしたの?」

「逃がさんで御座るよ。」

「違うって、、、これを見ろよ。」

地理学教室の前で立ち止まる。そこには高校にしては珍しく、「郷土の地理」とか言う俯瞰写真が張ってある。

「今朝俺達が遭遇したのがここ、1丁目。田中達が見たってのが3丁目。んで、そっちのマンションが確かこの辺りだろ?」

「確かに、この建物で御座る。」

「ねえねえ、これってもしかして……」

「そう、害蟲駆逐兵出現地は同心円上に並んでる。」

「ということは、、、どういうことで御座る?」

「この世界での距離には拘束されてるみたいだね。」

「そうすると、この円の中心があやしくないか? 神有国原宮司《かみありのくにがはらのみやのつかさ》って奴も、こっちの中心方向へ逃げていったろ?」

啓二は俯瞰図のある一点を指差した。そこには……