第16回 ( written by Rant さん )

「うーん、まさか、それはないと思うけどなぁ……」

「いーじゃん、いーじゃん。出生のヒミツってやつ?」

「おもしろくなってきたで御座るな」

どこか楽しげなミアと高梨老人を横目に、

「あのなぁ」

と不満そうな啓二であったが、すぐに

「まぁ、それはそれとして」

とさらりと流すと、再び煙突に向き直った。大分このペースになじんできた様子である。

ウン、と大きく一つうなずき、

「今はこれでしょ!」

と、ミアは目の前の銭湯・亀の湯を指差す。

「うむ、そういたしましょうぞ」

高梨老人ももちろんだと言う風に相槌を打つ。

こうして、3人は銭湯ののれんをくぐった。

「30分が目安だからね〜」

ミアはそう言い残し、女湯に消える。

啓二と高梨老人は脱衣所に入り、ロッカーに服を入れて鍵を手首にかける。

バスタオルを除くお風呂セットは、もちろん持ったままだ。

そうして、いよいよお目当ての浴場。まだ夕刻早くで、人もまばらだ。

「次元鍵殿、背中を流しましょうぞ」

そう言って、タオルに石鹸をつける高梨老人。

「いいよ、先に頭を洗うから」

そう主張し、シャンプーを手に取る啓二。

かまわずに背中を流し始める、高梨老人。

「こらこら、く、くすぐったいぞ〜」

「えぇいっ、観念しなされ!」

……と、言うような声が男湯の方から天井を通して聞こえてくる。

「……あっちの方が楽しそー」

長い髪を丁寧にシャンプーしながら、ミアは口を尖らせた。

おおよそ30分後、

「啓ちゃーん、モモちゃーん、そろそろ出るよー」

ミアは天井越しに宣言すると、湯から上がった。

「了解」

「すぐに出るで御座るぞ」

と返答した啓二と高梨老人であったが、結局ミアに随分待たされた。

「遅かったなー、出るって言ってから15分は経ってるぞ」

啓二が恨みがましい目で言ってくるが、

「ごめんごめん、髪を乾かせてたからね」

そういって、ミアはたっぷりドライヤーしてさらさらに乾いた髪をひるがえして見せた。

「そう言う時間も加味して言ってくれよー」

「まぁまぁ、次元鍵殿。男は黙って待つもので御座るぞ」

そういって高梨老人は、カウンターから牛乳を持って来た。

「カルシウムでも採って、機嫌を直されるがよろしかろう」

「あのなぁ……」

と苦笑いしつつも、それを受け取る啓二。

「あ、ボクはフルーツ牛乳ね!」

「諒解致しました。では愚拙はコーヒー牛乳としますかな」

再びカウンターに向かう高梨老人。

そして、3人で別々の牛乳をごくごくっと飲み干す。もちろん、左手を腰に当てた正しいポーズである。

「でもさー、こういうところのフルーツ牛乳って、たいがいオレンジだよね。オレンジ牛乳でいいじゃない?」

「さあ、どこかにイチゴとかあるかもしれないぞ」

「でもでも、だったらなおさら、オレンジ牛乳とイチゴ牛乳にしておけば?」

「うーん、それもそうだな」

「それを敢えてフルーツにしておくところが、大和の言う、ワビサビの世界では御座りますまいか?」

「うーん、そうかなぁ……」

などと言いながら、銭湯を出た頃にはもうすっかり辺りは暗い。

「ところでさ、本題に戻るけど」

お風呂セットを手に歩きながら、啓二が言った。

「うん? なに?」

ミアがその顔を覗きこんで訊いてくる。

「害蟲駆逐兵《デバッガー》出現の謎は分かったのか?」

「そういえば、そんな話もあったで御座るな」

「いい湯だったんですっかり忘れてたよ」

「……あ、あのなぁ」

啓二はため息と主に空を見上げた。

「それに、俺の双子の兄貴の話は? まさか親に直接訊くのもなぁ……」