「あ……え……」
啓二は少女のほうを指差し、何か言おうとした。
「聞いてた様子と違うみたいだけど……まちがえちゃったかな?」
きょろきょろと周りを見渡している彼女には、啓二の気持ちなんか伝わっていない。そのうちドタドタと玄関まで走って行き、また戻ってきた。
「ごめんごめん、橋本さんちだったのかぁ。あははは。」
と、またのーてんきに笑う。どうやら表札を確かめるだけの常識は持ちあわせてはいるようだが、どうせなら乱入前にその常識を持ち出して欲しいものだ。まぁしかし、今の啓二にそんなもっともな主張をするだけの余裕などあろう筈もなく、
「だ……誰?」
やっとそれだけ、きくことができた。
「あのねぇ……」
彼女は再び腰をかがめて、啓二の顔のそばに人差し指を突き付け、
「ひとに名前をきくときは、自分から名乗るもんでしょ?」
と、それだけを聞けばやたらまともな事をのたまった。啓二はだんだん腹が立ってきたが、彼女の笑顔があまりにかわいかったのでとたんに思い直し、
「お……俺は、橋本啓二。君は?」
と、精一杯しぶい目の声で言った。
「へぇ、啓二ねぇ。啓ちゃんって呼んでいい?」
「へっ?」
いきなりな呼びかけに戸惑い、素っ頓狂な声になる啓二。既に渋さのかけらもない。
「いいよね。じゃあ啓ちゃん。ボクはミア。ミアって呼んでね。ってそのままだよね。あははは。」
とまた笑う。しかし今度は屈託のない笑いに聞こえるから人間とは勝手なものだ。ミアは啓二の手を引き、
「はい、啓ちゃん。起きてよ。」
と起き上がらせる。顔を赤らめながら立ち上がる啓二。引いてくれたミアの手は、結構力強かった。
「でさぁ、啓ちゃん。この辺に高梨さんって住んでない?」
ミアの質問に一瞬とまどったものの、啓二はまじめに考え込む。どうやら状況にも慣れてきたようだ。
「うーん、この近所なの?」
「うん、なんとかタウンの3階か4階くらいって言ってたけど。」
「へ?」
……あやうくまたもやよろけそうになる。
「あのなぁ、なんとかタウンって……たいがいのマンションはそんな名前なの。」
「ふーんそうなの?」
「そんなあやふやな話でうちに飛び込んでくるなんて……」
溜息をつく啓二。しかし、ミアは気にする風もない。それどころか、期待に満ちた目でこちらを見ている。
「まいったなぁ……高梨さんって聞いたことないよ。他に何か言ってなかった? そもそも誰に聞いたの?」
「神様!」
「えっ?」
再三絶句。開いた口がふさがらないとはこの事だ。
「なに驚いてるの? 啓二は神様の声、聞けないの?」
「……聞けるわけないじゃん。どうやって聞くんだよ?」
「なぁんだ。いい目をしてるから聞けるのかとおもった。」
と、訳の分からないことを言うミア。啓二があきれつつ、でもなんだか少し後ろめたい気持ちになって見ていると、
ミアはそのまま目をつむり、左手を胸の前に当て、右手は天を指して伸ばした。
「☆○★×…… えいっ!」
「ちょ、ちょっと、何言ってるんだ? 大丈夫?」
装身具を鳴らせながら、踊り――のようなものを舞うミア。啓二の心配をよそに、それはしばらく続き、唐突に終わった。
「あのね、高梨さんちにはかまどがあってね、毎日煙が上がってるんだよ。」
「だ・か・ら、どうしてそうなるんだよ。マンション住まいなんだろ? なのにかまどでモクモクなんて……」
そこまで言って、啓二はひとつ思い出したことがあった。そう言えば、川向こうの丘で縄文生活をしていると言うおじさんがいた。名前が高梨さんだったかはあやふやだが、夜はその丘のそばのマンションで寝るんだと。
「いや、でも……そんな。もしかして……まさか、とは思うけど、あの人のことかなぁ?」
「わかったでしょ? 神様はうそつかないよ。ここへ来たのだって、いいことあったし。」
そう言ってミアは微笑んだ。めちゃくちゃかわいい。思わず見とれてしまった。
「うん? 啓ちゃん、どうかした?」
「い、いや……案内するよ、うん。あってるといいな。」
「うんっ!」
元気一杯うなずくミア。啓二はまたもやドキリとしつつ、思い切って聞いてみた。
「あのさぁ、ミアは巫女さんか何かなの?」
「もっちろん! 邪馬台国の正統な後継者だもん。」