第4回 ( written by Rant さん )

夜空には薄い雲がかかっており、星はあまり見えない。反対に地上には、零時をまわったとはいえまだいくつもの街の明かりが灯っている。過ぎ行く夏を謳歌する人々の巣。中規模都市の郊外に、置き忘れられたようにぽつんと立つ、何かの記念のタワーの上に、黒い影がひとつ、その地上の星空を見下ろしていた。

「……ふっ。」

黒い、漆黒と言ってもいいマントを羽織り、同色のフードを目深にかぶった男―――だろう、低めの渋い声だ―――は、口の端を歪め、かすかに笑った。

「ついに動き出したか。待ちくたびれたぞ。」

それだけ呟くと、バサリとマントを翻し、街に背を向ける。

男は歩き出した、タワーの階段の方へと。



「ですから、次元鍵様には次元扉を開けていただきます故。」

高梨老の昼間の邸宅である竪穴式住居へ歩を進める3人。道すがら、啓二は相変わらず戸惑いっぱなしだった。

「だから、何なんだよ、その、『ジゲントビラ』ってのは?!」

「愚拙が天命を受けてより、苦節50年。ようやっと、この日が訪れた訳でございまする。」

老人はそう言って天を仰いだきり、うんともすんとも言わない。閉じた目の端にうっすら光るものがある。ゴーイン・ザ・自分の世界、と言う現象である。これでは話にならない。

一方、ミアはと言えば、

「次元トビラ、次元ト・ビ・ラ、わくわくするねぇ〜。」

スキップしつつ、先を行く。……啓二はだんだん腹が立ってきた。

「協力しろって言っておいて、説明もしないとは…… おい、ミア。」

「ん?なぁに、啓ちゃん。」

そう言って振り向く笑顔についクラッときそうになる。いかんいかん、はっきりさせなくては。

「ジ・ゲ・ン・ト・ビ・ラ、って、一体何なんだよ?」

「えーっとね、ボク知らない。」

「へっ?!」

あまりの展開に、目の前が真っ暗になる。それまでの緊張が、ガラガラと音を立てて崩れていくのがわかる。この2人と意思の疎通を図ることは、無理な相談なのか?

「そういうことは、ももちゃんにまかせてあるからっ。」

ミアはそう言って、前を向いた。そしてそのまま笑いを噛み殺している。

「……ぷっ、あは……あはははははは、うそうそ。一回言ってみたかったんだ、このせりふ。」

「これこれ、びっくりさせんで下され、姫。もしや本当にお忘れかと危惧致しましたぞ。」

「まあまあ、モモちゃん、そんなに怖い顔しないで。」

「いぃや、深亜《みあ》様。今宵、我らの念願叶えるべく、事を起こさんとするこの良き日に、冗談が過ぎまする。愚拙の教育方針が間違っていたかと思うと……ううっ」

勝手に盛り上がる2人。

「俺のはなしを聞けーーぃっ!!」



「……もうすぐだ。」

漆黒のフードを風にはためかせながら、男はひとりごちた。

マントの内側から、金色の懐中時計らしき物を取り出す。蓋を開けられたそれには、しかし、絶えず動く秒針も12までの数字もなかった。代わりに、文字盤にはびっしりと何かの文字と模様が彫り込まれ、その上に小さな水晶球が浮かんでいる。

「@・X*…………」

男は長い言葉を呟くと、文字盤の上に手をかざした。浮かんだままある方向へ、次いでまた違う方向へと動く水晶球。男は何かを読み取ったのだろう、やがて満足げに頷くと、蓋を閉め、再び懐にそれを仕舞った。

「……ふっ。」

また、かすかに笑う。その間もずっと、フードは風を受けてはためいていた……

「あのね、お客さん。」

運転手がいう、

「せっかくクーラーつけてんですから、窓は閉めてくださいや。」

「……ふっ。」

そう言って窓を閉め始めた男を乗せて、タクシーは夜の街を疾走した。



「ジゲントビラってのは、ボク達のクニ、邪馬台国へ通じてる扉のことだよ。」

「左様、貴殿は次元鍵様なのですから、ご覧になればきっと分かる筈。」

「へえぇ……それで、扉を開けるって、どうやるんだ?俺はどうなってしまうんだ?大丈夫なのか?」

「だいじょうぶ、だいじょーぶっ。」

「心配性で御座るな。扉一つ開けただけで鍵が壊れてしまう訳がないで御座ろう。」

そういえば、そんなゲームもあったっけな……啓二は一瞬、不吉な考えをしてしまった。ブンブン。首を振ってその考えを締め出す。せっかく話が出来るようになったのだ―――ここまで来るのに長い時間がかかった―――色々聞いておこう。

「で、邪馬台国って言ってるけど、まさか時間を遡るとか?」

「あはは、そんなわけないでしょ?タイムパラドックスがおきちゃうよ。」

タイムパラドックスなんて、よく知ってたな。妙なところで感心する啓二。

「左様。あくまで同じ時象の平原にある平行世界、とでも申せばよろしいですかな。」

「ボク達のご先祖が、その世界を発見してそっちに移っちゃんったんだよ。」

「日本史で習わなかったですかな。3世紀から5世紀にかけての歴史の断絶、ミッシングリンクを。」

「ええーっ!!……そ、それじゃあ……」


そのとき、啓二たちの目の前、縄文住居に一台のタクシーが横づけされた!