ふつうの日。ふつうじゃない日。

 次に目を覚ますと、カーテンの隙間から覗く空は、すっかり墨色に染まっていた。

 目覚まし時計に目をやる。五時半少し前。冬の夜の訪れは意外と早い。

 寝起きのまだぼおっとした頭で、普段ならばまだ大学にいるはずの自分の姿を想像してみた。研究室総出で食堂に行く六時までの残りの時間、何をしようか迷っている頃だ。そんな時、僕はたいてい軽めの専門書を開き、中途半端に余った時間をぼんやり過ごす事にしている。学校に出かけていれば、きっと今日も『地球の真ん中で考える』なんかを見ながら六時を待っていたに違いない。

 僕は身体を起こすと、床の上の『流しのしたの骨』を手元に手繰り寄せた。

 部屋の中の空気は、張りつめていて、とても真空に近かった。

 ページをめくる音だけが、狭いワンルームに静かに響き渡った。

 唐突に、それこそ「唐突」という言葉がこれほど当てはまる場合がこの世に他にないくらいに唐突に、ミルクティーが飲みたくなった。

 熱くて、やんわりとした舌触りの、とろけるように甘い、ミルク・ティー。

 僕は本に栞を挟んでぱたんと勢いよく閉じると、ベッドからのたのたと抜けだし、台所へと向かった。

 やかんに冷たい水を浸し、ガスにかける。沸騰するまでの間、頭より高い位置にある観音開きの棚から、紅茶葉の入った段ボール色の小さな箱と砂糖の詰まったガラス瓶を取り出した。ティーカップは、実家から持ってきた、まだ何度も使っていない真新しい純白のものを選んだ。

 ほどなくやかんがしゅんしゅんいい出した。

 僕はお茶っ葉を入れた急須やらカップやら牛乳パックやらをトレイに乗せると、再びベッドへ向かった。

 一杯目。カップに注がれた液体は、心持ち薄い色彩を放っていた。ちょっと時間が早かったかもしれない。それでもそこにスプーン二杯の砂糖と牛乳を入れると、ミルクティーらしくなった。厳かにカップに口を付ける。おいしい。あっと言う間に飲み終えた。でも牛乳を入れすぎた紅茶は少しぬるく感じた。喫茶店で出てくるミルクティー用のはミルクが温めてある事をふと思い出した。

 二杯目。今度はいかにも紅茶色。まるでホリガーのオーボエの音色みたいな色だ。この綺麗な色を汚してしまうのはもったいないような気がしたので、牛乳も砂糖も入れずに飲んだ。紅茶の味がした。

 そして三杯目。明らかに出すぎた、どす黒く粘性の高いが急須から出てきた。二番煎じならぬ三番煎じがいけなかったか。慌ててミルクと多めの砂糖を加えたが、それは飲んでみるまでカフェ・オーレかミルクティーか分からないくらい、黒かった。でも口に含むとやっぱり紅茶の味がした。

 カップの中身を飲み干した僕は、すっかりいい気分になって小型ラジオのスイッチを入れた。小さなスピーカーから、地元FM局から発信されている、クリアーな音声のポップスが吐き出され始めた。またベッドに横になって目を閉じ音楽に耳を傾けていると、さっきまで読んでいた本の前の方のページに、ミルクティーのフレーズがあった事を、これまた「唐突」に思い出した。

 ――何て事はない。牛乳紅茶が飲みたくなったのは、文字からの影響だったのだ。

 唐突ではない「唐突」。何だかおかしかった。

 三杯のミルクティーが、その日の僕の夕食となった。