PS2を買いに行こう!(その3)

 僕は車を運転しながら早紀に説明した。

「ほら、プレステ2が最初に発売になった時の事、覚えている?」

「うん。すごかったよね。初回台数、百万台もあったのに、ずーっと品薄で。私も最初は買うつもりだったけど、途中で諦めちゃった」

 早紀はぺろりと舌を出した。

「――普通、コンシューマ機って、最初はあんまりソフトないし、値段も高いから、じわじわっと販売数が増えていくのに、プレステ2って変よね。いきなり爆発的に売れちゃった」

「そう、ハードが大きくシェアを伸ばすのにはきっかけが必要で、大抵はキラーソフトを待たなくちゃいけないだろ? ――例えば、ファイナルファンタジーとかドラクエとか」

マリオとかゼルダとかポケモンとか」

「任天堂は特別。ソフトも自前で一流のものをプロデュース出来るのはあそこくらいだ」

「あー。セガに怒られるんだから」

「事実だろ?」

ソニックバーチャサクラ大戦……」

「悪くはないけど超一流には叶わない。ハードもスペックとしては悪くはないけど、他社からのソフトの供給が少ないのは致命的。どうひいき目に見たって斜陽だ

「……トシ君、口悪い」

「悪い悪い。ちょっとタバコ切れで苛立ってた」

「もう」

 僕は笑ってウィンドウを開けると、煙草に火をつけ、新鮮な空気と共に甘い煙を肺一杯に吸い込んだ。

「……で、何の話だったっけ」

「プレステ2が売れた理由」

「そうそう。確かにPS2は専用のゲームという意味では、今でも大したゲームソフトはないけど、一つ、大きな強みがあるだろ?」

「プレステと互換性があるって事?」

「ホントにそう思う? 専用ゲームがあんまり出てないからって、四万円払って、PSソフトで遊ぼうと思うか? そのうちに値段が下がるかもしれないのに」

「ううん。思わない。だから私は待った」

「じゃあ待たなかった人はどうして買った?」

 早紀は頬に手を当て、うーんと唸った。

 しばらくするとぽんと手を打った。

「……あ。そっか。DVDが見れるって事ね」

「その通り。DVD再生専用機に比べて画質が劣るとはいえ、最新ゲームがあの値段で楽しめるというのは魅力的だろ。それに、画質が落ちるって言っても、レンタルビデオで借りたビデオを見るくらいだったら、PS2で見る映像の方がよっぽど綺麗だし」

「画質の違いなんて、私には違いなんてわからないな」

「早紀はテレビの音楽番組やFMラジオ、楽しめるだろう?」

「…………?」

 きょとんとした顔で彼女は首を傾げた。

「ラジオやテレビから流れてくる音楽は、元々のリソースに比べたら随分と音質が落ちている。だけど普通の人にはそれで十分。DVDの再生装置も同じ。気にしなければOK。要は楽しめるかどうか、だな」

「うん」

「あと、ビデオやLDよりもソフトの値段が格段に安いから、借りずに買ってしまう人も多い。それに、ちょうどLDからDVDへの過渡期と重なり、DVDへの関心が高まっていたところにPS2が発売された。ソフトも売れる。ハードも売れる。まさに相乗効果って奴だな」

「つまり、プレステ2は『ゲームも出来るDVDプレイヤー』として売れたって訳ね」

 早紀は腕を組むとうんうんと頷いた。

「そうそう。話は戻るけど、どうしてプレステ2ってあんなに品薄だったのかなあ」

「政治的なモノが結構影響していたらしい」

 僕は短くなった煙草を灰皿でもみ消すと、前を見たまま軽く肩をすくめた。

「一般小売店に配分された台数が少なかったから、余計に品薄感が強かったんだ。実際には、別の流通ルートに回されていたんだけどな」

「別の流通ルートって――コンビニ?」

「とインターネット」

「あ、なるほど」

「コンビニ一軒当たりの取り扱い数は微々たるものかもしれないけど、それらを全部ひっくるめると結構な量になる。あと、インターネットの販売ってのは言わば産地直送。小売向けに売るより自前で販売した方が儲かるもんな。おいしい話を逃す手はない」

「私の知り合いにも、PS2でインターネットショッピングのデビューをした人、何人もいるよ」

「まあ、元々ソニーってのは流通に強かったんだから、お家芸と言えばそれまでだ」

「昔なら、米騒動ならぬPS2騒動が起きていたかもね」

「ばーか」

「ばかとは失礼ね」

 彼女はクスリと笑った。

「で、発売直後になかなか手に入らなかったPS2だけど、量販店じゃなくて、実は小さな町のおもちゃ屋が意外と穴場だったんだよな」

「そうそう。どうしてかなぁ」

「さあ? 確保出来るか分からなかったから、予約を受け付けなかったとか、予想よりも多めに確保する事が出来たとか――ま、要は右に倣っちゃいけないって事だな」

「トシ君みたいにひねくれていないといけないって事ねー」

「失礼な。僕はいつだって100%素直さ」

「ふふ。まあそれはそうとして――この車、どこに向かってるの?」

「とりあえず東。目標は山奥にひっそりとたたずむ小さなおもちゃ屋」

「ふーん」

 早紀は窓の外に視線を移した。

 僕のカルディナは、いつの間にか落葉樹の枯木が賑わう山中を走っていた。

「静かなところね」

「ああ」

「……ところで、ここって、どの辺り?」

 一語一語確かめるような口調で、早紀は尋ねた。

「まだ愛知県――よね? それとも静岡? 岐阜? 長野?」

 僕は即答を避け、出来るだけ控えめにこう呟いた。

「それは秘密です」

コンシューマ機
コンシューマ(consumer=消費者)機。ゲームセンターなどの筐体方ゲーム機に対し、一般家庭のゲーム機を指す。ファミコン(Family Computer)、スーファミ(Super Family Computer)、プレステ(Play Station)、ドリキャス(Dream Cast)など。
キラーソフト
キラーソフト(Killer Soft)。キラーアプリとも言う。ドラクエやFFなど、ソフトだけでなく、ハードウェアの売上までも爆発的に伸ばしてしまう、超人気ソフトの総称。
マリオ
任天堂の人気シリーズ、マリオブラザーズの略。ドンキーコングの敵役も今や正義の味方。任天堂のあらゆるゲーム機で大活躍。
ゼルダ
任天堂の人気シリーズ。パズル性の強いアクション型RPG。比較的難易度が高いのにも関わらず、根強い人気がある。
ポケモン
任天堂の人気シリーズ。ポケットモンスターの略。GBのキラーソフト。ポケモンは今や日本文化の一つとなり、世界中の子ども達に愛されている。
ソニック
セガの人気シリーズ。爽快な操作感が売りのアクションアドベンチャーゲーム。ソニックは、任天堂のマリオに対する、セガの顔とも言うべきキャラクター。
バーチャ
セガの人気シリーズ。バーチャファイター(Virtua Fighter)の略。数ある格闘ゲームの中でも比較的評価は高い。
サクラ大戦
セガの人気シリーズ。恋愛要素たっぷりのシミュレーションRPG。マニアの評価はすこぶる高い。
どうひいき目に見たって斜陽だ
――こんな事を書いていたら、とうとうセガがコンシューマ機(Dream Cast)の販売から撤退してしまいました。個人的にセガのゲーム機は買った事はないのですが、老舗の一つだけあってちょっぴり寂しい気がします。でもセガのゲームが他のゲーム機でも楽しめるというのは、嬉しくないと言ったら嘘になります。