それは、風呂から出て間もなくの事であった。
テレビの野球ニュースを眺めながらビールをひっかけていると、急にどたどたっと階段を駆け下りる音がした。
おや、と思って顔を上げると、リビングに顔を出した息子の泰治と目が合った。
「何だ泰治、まだ起きてたのか」
私は新聞を畳みながら、笑顔で言った。
「こんな時間にどうした?」
「あなたに手伝ってもらいたい事があるんですって」
台所で私の夕食を準備してくれている妻が、息子の代わりに答えた。
「だから泰治、寝ずに待ってたのよね」
泰治は母親の言葉に無言で頷いた。
「どうした? また算数の宿題か?」
泰治は質問に答える代わりに、はにかむように前に来た。
……ふと見ると、後ろ何かを隠しているようである。
「あのね、パパ。――今、ひま?」
「ああ。どうした泰治。何を手伝ってもらいたいんだ?」
「……あしたまでに、図工のしゅくだい、やってかなくちゃいけないんだ」
泰治は背中に隠し持っていた物を私の胸に押しつけてきた。
――それは、バルサ材で作ったログハウスの模型であった。
「ほう、良く出来てるじゃないか」
まだ手の温もりが残っているログハウスを頭の高さに持ち上げ、電灯の光に浴びせた。小四が作ったにしては、なかなか大した出来である。
ま、親ばかの目から見たら、かわいい子どもの作ったものは、どんなものだってよく見えてしまうかもしれないが。
「……おや?」
ログハウスを観察していた私は、ふとある事に気付いた。
「何だ、この家、屋根がまだ固定してないじゃないか?」
「うん……」
「接着剤で付けるのか?」
「ううん。……あのね、屋根を付ける時は、くぎしか使っちゃいけないって、葉月先生に言われてるんだ」
泰治は口をとがらせながら、言った。
「だけどうまくいかなくって」
言われてみると、確かに固定されていないその屋根は、釘打ちを失敗した痛々しい痕跡をあちこちに残していた。
息子は息子なりにがんばったのだろう。
「よーし、じゃあ、パパが手伝ってやろう」
私はグラスのビールを一気に飲み干すと、静かに立ち上がった。
「こう見えても、パパは昔、図画工作が5だったんだぞ」
「わーい。パパ、ありがとうっ!」
私は息子の肩を抱くと、一緒に二階の部屋へと向かった。
★
数分後、息子の部屋から大きな泣き声が上がった。
それを聞きつけた妻が、何事かと、エプロン姿のまま急ぎ足でやってきた。
部屋に現れた妻は、放心状態で突っ立ったままの私と、泣きじゃくる息子との顔とを交互に見た。
そして、困惑した表情で私に尋ねた。
「あなた、これは一体どうしたっていうの!?」
「あ、あははははは。いやあね、泰治の工作を手伝ってやろうかと思ったんだけど、つい力が入って、失敗しちゃってね。……あはははは」
「……パパのバカァ!!」
草色の絨毯の上には、壊れたログハウスの残骸と、数本の釘と、地質調査用のハンマーが無言で転がっていた。
◆留意点
多くの地学者にとって、金槌と巡検用ハンマーは同意語である。しかも、その使用にあたっては、常に渾身の力を振るわなければ気が済まない。