第9回 ( written by たま )

 一方、その頃――。

 地下深部、標高マイナス三〇〇〇メートルに位置する地底帝国第三都では、ある計画《ミッション》が着々と遂行されていた。

 その中枢部、管制塔《コントロールタワー》の司令室に、黒ローブに身を纏った男、ローギリュオンが靴音を鳴らしながら現れた。ローギリュオンは作業員一人一人の働き振りを横目で確認しながら指令席についた。

「副司令、現在の進行度は如何程だ」

「は。間もなく試行《リハーサル》準備が完了します」

「試行はせぬ。準備が整い次第、実行段階に移す」

「お言葉ですが、ローギリュオン司令、彼の装置を一切の稼動確認をせず、本番稼動させるのはあまりにも危険です。いかなる問題が発生するか予想出来ません」

「この機会を逃しては、これまでの一八〇〇年もの我々の努力が無駄になるのだ。副司令、お前はこの時間に対してどれだけの責任を取れると言うのか?」

「……仰る通りです、申し訳ありません」

「お取り込み中、ご無礼致します。ローギリュオン様、皇帝陛下がお呼びです」

「了解した」



 管制塔の最上階は『深淵の間』と呼ばれる。

 ごく一握りの人間しか入る事が許されぬこのシークレットフロアに、国初より生き長らえていると言われている一人の人物が居る。もしこれが誠ならば齢一八〇〇年という事になるが、その真偽を知る者は今や彼以外にいない。また彼の肉体は、フロア一の三分の二を占めるハイテク生命維持装置によって、全ての生理活動を管理されていると言われるが、腹心の部下であるローギリュオンですらその姿を見た事がなく、謁見の間でスピーカー越しの声を聞くのみである。しかしながら、彼の意思、彼の言葉が全てであり、何人たりとも彼に逆らう事は出来ない。

 それが地底帝国こと奴国《なこく》の初代皇帝ルセイデスである。

「ルセイデス皇帝陛下におかれましてはご機嫌麗しゅう」

 ローギリュオンはいつものように、片膝をつき、謁見の間正面にある地底帝国の紋章そして壁に埋め込まれたスピーカーに向かって深々と拝礼した。

「無駄な挨拶はよい。ローギリュオン、次元鍵のホムンクルスを作ったとな」

「はっ」

「ホムンクルスと言えども所詮は人造人間。魂《ソウル》なき木偶《でく》では、次元扉《ディメンジョンドア》を開放する事は出来ぬ事はお主も知っておろう。一体どうするつもりだ?」

「――彼奴《きゃつ》らが次元扉で認証を受けた瞬間、ごく僅かではありますが、周囲にも次元の歪が発生します。そこに、今回培養しましたホムンクルスを触媒《カタリスト》とし、転移門の全エネルギーを一点集中させる事によって側道《バイパス》を作成、邪馬台への接続道《コミュニケーションパス》に不正接続《ハッキング》します」

「ふむ」

「側道の生存期間《ライフタイム》はごく僅かではありますが、その間を突いて精鋭部隊をもって邪馬台を急襲し、次元鍵を回収する――これが今回のミッションの概要であります」

「成功の可能性はいか程だ」

「ご心配ありません、既に検証済みであります」

「だが卓上計算だけでは予想外の事も起こり得よう? 儂の生体維持エネルギーの使用を許可する」

「お言葉ですが……」

「忘れるではない、これは我が積年の希望である事を」

「……大変痛み入ります」

『緊急報告。レーダー班より入電。Dポイントにて次元歪《ディメンジョン・ディストーション》を確認、次元扉の認証《サーティフィケーション》が始まったものと思われます』

「聞いたか、ローギリュオン。邪馬台の連中、一番近い接点《アクセスポイント》を使ったか。焦りが手に取って見えるようだな」

「――それでは指揮を取る為に、私はこれにて失礼します」

「よいか、邪馬台と我が国以外にも次元鍵を狙う者がいる。心して掛かれ」

「御意」



 ローギリュオンが司令室に戻ると、司令室は既に慌しい雰囲気に包まれていた。

「次元扉、依然、開放状態《オープン》。異常なし」

「バイオ班より、発射プラグへのホムンクルス充填完了の旨の伝達が入りました」

「推力上昇、一千百六十万トン!」

「運用者《オペレーター》、蓄電装置《コンデンサー》の充電率を報告せよ」

「現在、進相容量十八万キロバール、充電率九十%。完了時刻は約十二分後です」

「十二分も待てぬ。今すぐ稼動開始する」

「了解《ラジャー》。――総員に通達。緊急報告、特別計画丙《プロジェクト・ガンマ》、実行段階に移行します。危険区域の作業員は、総員退避して下さい」

「生命維持補助装置《ライフサポート・サブシステム》、甲《アルファ》及び乙《ベータ》の切り離し完了。引き続き、本システムへの動力分配作業を実行」

「転移門《テレポートゲート》の動力切り替え作業終了しました」

「発射管理室《ラウンチング・コントロールルーム》より伝達、作業員総員退避完了」

「よし。秒読み開始!」

「復唱します。カウントダウン・スタート、――五・四・三・二・一・零!」

「ホムンクルス波動砲、発射!」

「発射《ファイアー》!」