高速道路を飛ばす黄色いタクシーの中。
「でね。啓ちゃんにはトンネルを掘るのを手伝って欲しいの」
「左様。とりあえずは我らがクニへ案内《あない》いたします故、しかる後に亜空間に隧道を……」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。それってどのくらい?」
「うーん、一回来てみてよ。あとはいつでも来れるようになるし」
「いや、だから、その、向こうに着いてどのくらいで帰れるのか、ってききたいんだけど、」
「なぁに、ほんの2,3日で御座るよ」
「に、2,3日ぃ〜!?」
啓二の頭の中に、8月31日になって終わらない宿題に無駄な戦いを挑む自分の姿が浮かんできた。1学期に追試でさんざん苦しめられた中山の数学が、ほぼ手付かずで残っている。他にも、ちんぷんかんぷんの英語と古文が辞書の上に積みっぱなし……
「なぁに、次元鍵様は男の子で御座ろう。電話でも入れておけば御両親も安心なさるのではありますまいか」
家は留守だと言おうとしたが、まぁ、留守電に入れておけばあの気楽な両親ならオオゴトにはならないだろう。しかぁし、
「そんな事より、宿題の方が全然なんだよ〜」
そういうと、ミアはキョトンとした顔になって、
「宿題なんて、夏休み終わってからでいいでしょ?」
と言った。
「あのなぁ、そりゃあミアはお姫様だからいいだろうけどさ。普通は宿題やっていかなかったら、ひどい目にあうんだぞ」
「そんなことないもん。ボクだって、こっちに留学してる時は普通の生徒だけど、ちゃんと先生と交渉して、9月の真ん中くらいまでは余裕だよ」
「……こっちに留学って、ひょっとしてこの、今の日本に出てくること?」
「左様、こちらでは愚拙が姫をお育て申したのです」
啓二の疑問に、助手席のモモちゃんこと高梨老人が答える。
「で、こういうお気楽な事言ってるけど、これも教育方針?」
「左様っ!如何にして相手から譲歩を引き出すかの交渉こそ、夏休みの宿題の真の目的っ」
「………」
啓二が沈黙したので、珍しく静寂が訪れた。何しろ乗ってからずっとハイテンションで喋りっぱなし、しかも何か怪しい話とあっては、運転手があきれていることだろう。
標高マイナス3000メートル、大深度地下にその基地はあった。地底帝国第3都。その中枢部、予言書の間にある転移門に、黒ローブの男は出現した。
「ロ、ローギリュオン様!?」
「急なお帰りですが、ここまで御自身で転移を繰り返されたのですか?」
「何事なのです?あまり無理をなさらぬよう……」
控えの間から、別の色々の色のローブ達が駆け寄ってくる。
「これが無理をせずいられるものか。奴さえ手に入れれば、こんな回り道だらけの転移などしなくとも済むようになるのだ。さすれば我らが帝国が地上の愚民供を征服すると言う、偉大なる予言のかなう日も近付こうと言うもの」
黒ローブことローギュリオンはそこまで一気に言うと一旦息をつき、手にした髪の毛を高々と掲げた。
「バイオ班。この髪の毛根からDNAを取り出し、ホムンクルスを出来るだけ多く創り出せ!」
「了解《ラジャー》」
「情報班。邪馬台の現勢力を徹底分析せよ」
「了解《ラジャー》」
「私は休む。全てそろった暁には、起こすがよい。ホムンクルスを使って仮のゲートを開く。邪馬台を急襲し、目標を捕捉する!」
「了解《ラジャー》!」
「お客さん達、着きましたよ」
すっかり“寡黙な”タクシーの運転手は、車を止めると、それだけ言った。高梨老人が料金を払おうと五百円札と百円札を数えるのも、不平も言わず黙って待った。
「入口は閉まってると思うけどなぁ……」
「左様。今ではすっかり観光施設、深夜に開けておく道理はありますまい」
「うんうん、ボクもそう思う」
「…あのなぁ。で、どうするんだ?」
「おやおや、次元鍵様もずいぶんと立ち直りが早うなられましたな。その意気ですぞ」
「もっちろん、乗り越えるに決まってるじゃない。強行突破、きょうーこー・と・っ・ぱ!」
………
暗闇に消えていく3人の声を背に、1人でタクシーを発車させる。
「くすくす、面白い人達ですねぇ、どちらの勢力も。……状況は大体聞かせてもらいましたし、僕も一人で動かせてもらいましょう」
そう呟く運転手の目元は鋭く笑っていた……