浦島太郎の悲劇

「ほほおぅ、これが噂に聞いた『竜宮城』なのか? す、すげえもんやなあ。おれ、こんな美しいもの、今まで見た事がねえ。ええ? 中はもっとすごいって? そりゃあ楽しみだなあ。それにしても、海ん中にこんな城があったとは、つゆ知らなんだ。え、亀さん、今なんか言ったか? はぁ? その、お前さんの言う『肝』っつうと、いわゆる内蔵の事か? 当たり前だ。どうして、そんなものを外に干しておくんだ? え、何が安心だって? ま、いいか。それにしても大した構えの門やなあ。なんだって? ここで降りてしばらく待っていろって? ははあ、急には宴会の用意も出来んしな。がはっはははは。おおう、待ってやるぞ。早く行ってきな。あ、クラゲどんが門番をやっとる。いやあ、感心、感心。おい、なにを笑ってる? おれの顔がそんなに変か? え、乙姫様が病気をわずらってる? そいつは大変だ。で、どんな病で? ふんふん、猿の肝がその特効薬っつう訳か。だが、それとさっき笑っていたのとどう関係があるんだ? はあぁ? どうしておれが? ははははっ、クラゲどん、急になにを言い出すかと思ったら『乙姫様がおれの肝を食べようとしている』って!? なに馬鹿な事言ってるんだ。そんな事、ある訳ないだろう。ははあん、分かったぞ。お前の言い分はよーく分かった。つまり、クラゲどんは、おれがここに招待されたのを妬んでるんだな。もういい、聞く耳もたんっ。お、やっと亀さんが戻ってきたな。じゃあクラゲどん、あばよっ。ふぅ、やれやれ。は? どうかしたのかって? いやね、さっきクラゲの奴が、『おれの肝が薬になる』って言ててな。まったく、馬鹿な奴だ。おい亀さん、顔色が悪いがどうかしたんか? 風邪? そうか、風邪は万病の元というから、気を付けた方がいいぞ。ほう、建物内の作りもすごいもんだなあ。え、もうすぐ着くって? おおおおおおっ、こ、これはすごいっ。こんなすばらしいものが、この世にあったとは! 目が眩しいっ。お、おれの席はこっちか。へへっへ、みんなかわいい子ばっかりじゃねえか。それにすげえ料理。おーい、おねえちゃん、これなんの料理? ワカメとコンブの照焼!? まあ、いいや。それならこっちは? え? ヒジキとモズクの天ぷら!? うへえぇ、海草ばっかりだぁ。仕方ない、酒でも飲むか。うん、こいつはうめえ。もう一杯。ほおぉ、タイさんとヒラメさんが踊るのか。やんややんや。ややっ、うまいぞ。ひゅーひゅー。おお。まだ注いでくれるって? いやあ、うれしいねえ。いやいや、酒は強くありませんって。がははっはは。うぃっ、少し酔ってきたみたいだ。ああ、そんなに注がなくってもいいって。ひうぃっく。おおぉ、今度は剣の舞でも見せてくれるのかなあ? うわははははははははっは。おれも参加しろってか? 照れるちゃうなー。おれ、ダンスは苦手なんだよな。おい、そんなに手を引っ張るなって、痛いってば。な、な、なんのつもりだ!? ぐっ、ぐぶぶもがががががぶぶべぼぼ」

 ――こうして、浦島太郎は乙姫の手の者によって殺害され、波乱に満ちた生涯を終えました。そして、彼の肝を食した乙姫はすっかり病も治り、今も元気に竜宮城で暮らしているとの旨、風の便りで聞いております。

あの声で蜥蜴《とかげ》食らうか時鳥  宝井其角