こんな雪の降る夜は

「あーん。だからわたしは言ったのよ、林間コースは嫌だってーっ!」

「何言っているんだよ。あの曲がり角で、俺は絶対違うっつうたのに、拳握りしめ反対の方向を主張したのは誰だよ。そもそもあそこで間違えなきゃこんな事にはならなかったんだぜ」

「……そんな事より、お腹すいたーっ!」

 話題を逸らす為と腹いせの為に、わたしは大声でわめき散らした。

「お腹すいた! お腹すいたー! お腹すいたぁーっ!」

「…………」

 義男はわたしの方に顔を向けると、大きく溜息をついた。

「もう少し静かにしてろよ。余計に腹が減るだけだぞ」

「いいのっ! 黙ってると余計にお腹すくのっ!」

「あのなあ、泣いたってわめいたって、食い物が出てくる……あ……」

 突然、何かを思い出したような表情で言葉を詰まらせた。

「ねえ、その最後の『あ』って何よ? どうかしたの?」

「ひょっとしたら……?」

 腕組みをして考え込む。

「…………?」

 おもむろに義男は立ち上がり、わたしから離れた場所に座り込むと、背を向け何かをし始めた。手袋を外し、懐中電灯を片手にごそごそやっている。普段なら興味津々で見に行くわたしも、この時ばかりはそんな元気もなく、ぼんやりと彼の後ろ姿を眺めていた。

「ねえねえ、何やってんのよお?」

「ちょっと捜し物をな……」

「なになに?」

「お、やっぱりあった」

 しばらくすると、にこにこしながら戻ってきた。

 再びわたしの隣に腰掛ける。

 後ろに何かを隠しているようだ。

「おい、尚子、目閉じろよ」

「え……?」

 突然の意味深なセリフにどきりとした。

「ど、どうしてよ」

「いいから、早く目ぇ閉じろよ」

 言われた通りに瞼を閉じる。

 次の瞬間。

 それが口の中に進入してきた。

 サイコロ大の大きさの、ひんやりと冷たい、それでいてとろけるように、甘いもの。

 びっくりして目を開ける。

「……チョコレート……だ」

「えへへえ」

 義男は頭をかきながら照れ笑いをした。

「どうだ、うまいか?」

「うん」

「前にここに入れといたのを急に思い出したんだ」

 ウェアの袖のポケットを指差しながら、にこやかに言った。

 ん? 待てよ?

 ……スキーウェア……の中にあった……チョコレート……?

「ねえ、ちょっと尋ねたい事あるんだけれど、いいかしら?」

「何だよ、改まって」

「あのさあ、ひょっとして、そのスキーウェア、前回スキーしてからクリーニングに出してないんじゃない?」

「おお! どうして分かったんだ?!」

 義男は両手を広げ大袈裟に驚いて見せた。

「お前、ひょっとして超能力者か?」

「……ついでにもう一つ訊くけれど、確か、今回スキーやったの、久しぶりだって言ってたわよね?」

「ああ。かれこれ……三年……振りかな?」

「つまり、……このチョコレート、少なくとも三年は経っているって事よね?」

「そういう事になるな」

「古い事を知っていてわたしに食べさせたわね?」

「ぴんぽーん」

 どぅげしっ。

 パンチが見事義男の顔面に炸裂した。