かごの中

 どうして鳥かごが置いてあるの?

 私の部屋を訪れる客人は必ず尋ねる。

 西日が差し込む窓際にある、空の鳥かごを指差しながら。

 そして私の返答も決まっている。

 昔、十姉妹を飼っていたの。

 異郷の地で一人暮らしを始めた一八の春。

 私は小さな織機工場に就職した。

 慣れぬ仕事に心身ともに疲れ果て最後に辿り着く場所、それは四畳半のアパートだった。

 駅や商店街、銭湯からも遠かったが、とても陽当たりのいい部屋。

 小さな友人が待っていてくれる、その空間が好きだった。

 昔からぬいぐるみが好きだった。

 中でも幼い頃に両親からもらったティディベアは、今でも大切な宝物。

 だから部屋に来る前から彼女の名前は決まっていた。

 ティディ――大家さんにもらった十姉妹。

 それが清楚という意味だと知ったのは、随分と後のことである。

 初めて恋をしたのもその頃。

 相手は勤め先の守衛をしていた背の高い男の人。

 今では名前どころか顔や声も思い出せない。

 だが、一つだけはっきりと覚えていることがある。

 彼はビートルズのファンだった。

 メス一羽じゃかわいそうだ。

 彼はそう言って駅前の小鳥店でオスの十姉妹を買ってくれた。

 リンゴという名前は彼が付けた。

 変わった名前ねと笑うと、彼は真顔で偉大なドラマーの名だと言った。

 ジョンでもポールでもジョージでもなく、リンゴ。

 彼とはそれほど長く続かなかった。

 はっきりとした理由は覚えていない。

 ただ、私に原因があったのだろう。

 ――君といると息が詰まる。

 それが彼からの最後のメッセージだった。

 彼と別れて間もなく、突然リンゴは死を迎えた。

 ある日の夜、仕事を終えて家路につくと、柔らかな羽毛が部屋中に飛び散っていた。

 窓の外へと続く猫の足跡。

 鳥かごの底に、翼をもぎ取られたリンゴが息絶えていた。

 止まり木の上の小さな瞳が、その亡骸を見つめていた。

 悲しみはそれだけでは止まらなかった。

 リンゴの死後、ティディは食事を取らなくなった。

 そして数日後、自分の羽を抱きながら衰弱死した。

 その姿は聖職者を連想させた。

 十字架に張り付けにされた愛しき人。

 あれから幾年。

 当時は想像だにしなかった、小さな幸せに包まれた毎日。

 そして窓際の古びた鳥かご。

 その中には私の想い出が詰まっている。

 二羽の十姉妹が、いつも私を見守っていてくれる。