目を開けると補助電球だけが灯る薄暗い部屋に、見慣れた人影があった。
「……あれ? 和樹、いつからそこに?」
「さっき来たところです。――明かりを付けますね」
部屋がまばゆい明かりに包まれる。頭を持ち上げて壁の時計を見ると、午後九時半過ぎだった。金曜の夜に熱を出してからずっと寝込んだままで、時間感覚が麻痺している。今日は土曜日だろうか、それとも日曜日だろうか。
どちらにしても先ほど来たばかりというのは嘘に違いない。熱でうなされながらも、すぐ近くで感じた温かな存在感――ずっと前からいてくれた気がする。
「心配したんですよ。全然、連絡が取れなかったから」
和樹は立ち上がったまま腕を組み、少し怒った表情でわたしを見た。
「困った事があったらすぐに呼んで下さい。確かに年下で頼りないかもしれないけど、これでも久美さんの彼氏ですから」
「ごめん、今度からそうする……」
「お願いしますね」
微笑みながら和樹は大きく伸びをした。
「さてと。お粥でも食べます? 簡単なものでよければ作りますよ」
わたしは首を横に振った。
「……そばにいて欲しい」
和樹は黙ってベッドの隣に座ると、布団の中の汗ばんだわたしの手を握ってくれた。柔らかく包み込む手のひら。優しさが直に伝わってくるような感触。
「ごめんね」
そう呟いた途端に涙がぽろぽろとこぼれた。心配を掛けた事に対する申し訳なさ、看病してくれた事への感謝、情緒不安定な自分への恥ずかしさ ――色々な感情がぐちゃぐちゃになって涙が止まらなくなった。しゃくりあげ、涙と鼻水で汚れた顔を和樹は何も言わずにティッシュで拭いてくれた。やがて涙も枯れて落ち着くと、和樹はわたしの額にそっと手を乗せた。
「熱も少し下がったみたいですね」
「冷たくて気持ちいい」
「まだ熱があるからですよ。――そういえば知っています? 風邪って人にうつすと治るんですよ」
そんなの迷信だと言おうとした瞬間、いきなり顔が近づいたかと思うと唇が塞がれた。だがそれも僅かな間で程なく唇は離れた。
「これでもう大丈夫」
「バカ、うつったらどうするの」
「ご心配なく。何とかは風邪を引かないって言いますから」
笑いながら汗で額に張り付いたわたしの前髪をかき上げた。
「治ったら、またエッチしましょうね」
「……本当にバカ」
また涙が溢れそうになったので、わたしは横を向き、パジャマの袖で顔を覆った。