「ちょっと、ここ、一体どこよ?!」
「地図なしで進める訳ないじゃない!」
「ばかっ! 大嫌いっ!」
「あんたなんか死んじゃえっ!!」
――という訳で、ただ今、彼女は「鬼武者」と格闘中である。
三月下旬のうららかな日曜日。
彼女はゲーム、僕は読書と、僕達は相変わらずと言うか、いつも通りと言うか、部屋の中でそれぞれの時間を過ごしていた。何でもない平穏な一日。言葉にしてしまえば醒めてしまいそうな、ごくありふれた、だけど幸せな日常。
――ふと、PS2を買いに出かけた一月の出来事を思い出す。
あの日、僕らは思いっきり道に迷ってしまった。
そもそも、目的地のはっきり決まらぬまま、見知らぬ土地に地図を持たず足を踏み入れてしまった時点で、僕らの敗北は決まったようなものであった。
どれくらい走ったか、正確に覚えていない。
どこまでも続く山道を、不安で泣きそうになる彼女を懸命になだめながら車を走り続けていたが、なかなか目的の店が見つからない――どころか、途中から、一体どこに向かっているのかすら分からなかった。戻るに戻れなくなった僕達は、前に前に進むしか方法はなかった。
そして、家を出てから九時間ほど経った午後十一時頃。もう駄目かと思われたその時、偶然にも一軒のマルチメディアショップを発見。これが正真正銘ラストチャンスと心に決め店内に入った僕らは、念願のPS2が陳列されているのを見つけ、小躍りしんばかりに喜んだ。もちろんその場で購入。今思い出しても、ほとんど奇跡に近かったと思われる。
店員に教えてもらった道順に従い、西に向かって再び車を走らせた僕らが、家路に着いたのは翌一月四日の午前二時。朝には二人とも寝ぼけ眼をこすりながら、寝不足のよれよれの身体でそれぞれの会社に出勤した。
今なら笑って話せるが、はっきり言って、あんな体験はもう二度とごめんだ。
きっと早紀も同じ事を考えているはずだ。
――はずだと思っていたのだが。
「あ〜〜っ!!」
いつの間にか鬼武者を終え、ノートパソコンでゲーム系BBSを見ていた早紀が、突然大声を出した。
「何だよ、急にすっとんきょうな声を出して?」
「ね、ね、ね、この書き込み見て! 見て! タクティクス・オウガの外伝が、ゲームボーイアドバンスで出るって書いてあるっ!」
早紀はディスプレイを指差し、目を輝かせた。
「――ふうん。だけど、オウガチームって、確かスクエアでFFTとか作っただろう? 任天堂のハードでソフト出すかなあ。デマじゃないのか?」
「ううん、他の人のレス読むとホントみたい。――あ〜。急に欲しくなってきちゃったな!」
僕は嫌な予感に囚われた。
はっきり言って、かなり危険なレベルの予感だ。
しかもこういう時はかなりの確率で的中するときている。残念ながら。
「ね、トシ君。今、暇よね?」
早紀の猫なで声に、僕はミステリーの新書に栞を挟み、ゆっくりと顔を上げた。
溢れんばかりの笑顔が僕の顔を覗き込んでいた。
「…………」
今までにデジャ・ヴュという単語をこれほど意識した事はなかったかもしれない。
「……まあ、暇だけど、うん、どうした?」
「それならね――」
ゲームボーイアドバンス、買いに行こう!
- 鬼武者
- カプコンのバイオハザードチームが作った、剣術型アクションアドベンチャー。主人公のモデリングを金城武が行った事でも有名。PS2初のミリオンセラーを記録する。――これこそ正にPS2のキラーソフト。
- タクティクス・オウガ
- SFCで発表されたクエストのシミュレーションRPG。練りこまれた奥深いシナリオと魅力的なキャラクターが話題を呼んだ。PS移植版などもあり。
- ゲームボーイアドバンス
- 任天堂の超長寿携帯ゲーム端末・ゲームボーイの後継機。あらゆる意味でこれまでの携帯ゲーム機最高スペックを誇る。GBAとも略す。
- FFT
- ファイナル・ファンタジー・タクティクスの略。タクティクスオウガの戦闘システムに、FFの魔法及びジョブシステムを組み込んだ、PS用シミュレーションRPG。
- デマじゃないのか?
- この箇所、主人公は勘違いしています。この段階でスクウェアに移っていたのはオウガチームのキーパーソンだけです。だから、残ったチームで「オウガバトル64」「タクティクスオウガ外伝」を作れた訳です。――でも結局はクエストのゲーム開発部門がそっくりスクウェアに移っちゃいますけどね。