PS2を買いに行こう!(その1)

 西暦二〇〇一年一月三日の昼過ぎ、僕は滋賀の実家での正月休みを終え、住み慣れた名古屋のアパートに戻ってきた。実家から持ち帰った野菜や米を一旦アパートに置き、近所の回転寿司屋で昼食を済ませて部屋に戻ると、まるで僕の帰りを待っていたかのような絶妙のタイミングでドアチャイムが鳴った。

 扉を開けてみると、明るい紫色のダッフルコートに身を包んだ女性が立っていた。

「やっほー、トシ君。新世紀、明けましておめでと!」

 両手を広げ、満面の笑みで僕を出迎えたのは、他でもない現在同棲中の彼女・宮路早紀だった。

「今年もよろしくね!」

「こちらこそよろしく。今年も相変わらず元気で何よりだね」

「いいじゃん。そんな私が好きなんでしょ?」

「まあね」

 悪びれのない彼女の台詞に笑いながら、僕は彼女を部屋の中に招き入れた。

 その日の早紀は、午前中に親戚周りをして、そのままこっちに直行したという事で、真新しい黒のスーツに身を包んでいた。普段は、仕事でもオフでもGパンやコットンシャツといったラフなスタイルでいる事が多い事から、何だか別人のような印象を受けた。その事を指摘すると、早紀は嬉しそうに笑い、スカートの裾を持ち上げて、その場でくるりと一回転した。

「えへへ。どう、綺麗でしょ? ご感想は?」

「馬子にも衣装」

「ひどーい」

 彼女は頬を膨らませ、険悪な目で僕を睨んだ。

「ふーんだ、そんな事言うんなら、もう二度とトシ君の前でスカート履いてあげないんだから」

「ごめん、前言撤回」

 僕は心の底から謝った。ここで下手に機嫌を損ねたら、本当に二度とスカート姿を拝めないかもしれない。

「綺麗。可憐。清楚。素敵。ビューティフル。ワンダフル。プリティー。ブラボー。うんうん、すっごく似合っているよ」

「もうおしまい? 他に褒め言葉を思い付かないの?」

 くすくす笑いながら彼女は脱いだコートをハンガーに掛けクローゼットに仕舞い込むと、温かい日差しの差し込む窓際にパソコンチェアを移動させ、ゆったりとした動作でそこに腰を下ろした。

「そうだ。ねえトシ君。今日、暇?」

「ん? 今日一日は特に用事ないけど……?」

 その言葉に彼女は目を輝かせた。

「ねえ、もし懺悔の気持ちがあるなら、今から、プレステ2、買いに連れてってくれない?」

「何だよ、その懺悔って」

 僕はベッドの上に座り、笑い声で答えた。

「それにプレステ2? どうして今更?」

「だってだって、聞いてよ! ダンチョーの思いで一年も値下がりを待っていたのに、ついこの前に出た新モデル、知ってる? 変なリモコン付きで値段据え置きなのよ? 信じらんない!」

 彼女は拳を握り締め、芝居がかった口調で力説した。

「もう、頭にくるわ!」

「そんなに頭にくるのなら、諦めればいいのに」

「だから諦めたのよ――値段が下がるまで待つのをっ!」

「ふうん」

「ちょっと、ちゃんと聞いてるの?」

「聞いてるさ」

 僕は軽く肩をすくめた。

「あのさ、プレステ2って、まだあんまりソフト出ていないだろ? そんなに急いで買うもんでもない気がするんだけど?」

「『めぐりあい宇宙』」

「は?」

ガンダムレイヴンが、私を呼んでいるのっ!」

「…………」

 ――またびょーきが始まった。

 僕はそっとため息をついた。

 彼女はゲーマーである。俗に言うオタクとまでは言わないが、かなりのゲーム好きである。彼女の周囲にはいつも、RPGやら格ゲーやらカーレースものやら誘惑が多く、一時も休む暇がない。だから休日も僕と一緒にゲームをして過ごす事が結構多い。――おかげで僕も随分とゲームに詳しくなった。

 そんな彼女が一年もPS2を買うのを我慢していたというのだから、もうこれは類稀な快挙と言っても過言ではない。

(もっとも、これまで彼女がPS2を買わなかった本当の理由は、二〇〇〇年中は、グランディア2FF9ドラクエ7テイルズ、そして数々のオンラインゲームに忙しかったからである。念の為。)

 結局、僕達は冬休み最後の日に、一緒にプレステ2を買いに行く事になった。そもそも他ならぬ早紀たっての希望である。断る訳がない。

 だが、これが小さな波乱の始まりだとは夢にも思わなかった。

プレステ2
Play Station 2(プレイステーション2)。説明が不要なほど有名なSONYのコンシューマゲーム機。プレステ2、PS2(ピー・エス・ツー)などとも略す事もある。本作品を執筆した2001年1月当時は専用ソフトの供給量がまだ少なかったが、PSと上位互換である(PSのソフトがそのまま使える)、DVDが読める事などが売りで、2000年のヒット商品となった。初期ロット100万台にリージョンフリーのバグがあった事が有名である。ちなみに、リージョンフリー(Reasion Free)とは、DVDソフトに書き込まれている地域情報(=リージョン情報)を無視(=フリー)する仕様の事。通常は、地域情報がハードウェア・ソフトウェアの双方で一致している場合のみ再生が可能である。つまり、例えばアメリカで買ったアメリカ仕様のDVDソフトは、通常、日本のDVD再生装置では読み込む事が出来ない。しかしながら、装置によっては最初から意図してこのチェックが外してあるものもある。もちろん、PS2の場合はバグであり、意図してそうした訳ではない――多分。
変なリモコン付きで値段据え置き
2000年12月にマイナーモデルチェンジし、DVD再生時に必要だったメモリーカードの情報がロム化され、またDVD操作用のリモコンが付属するなど、DVDプレイヤーとしての機能が向上した。だがメーカー希望小売価格は39,800円と変わらず。リモコンが別売りで発売されているので、少なくともその分の値引きにはなっているかも。
ガンダム
「機動戦士ガンダム」。バンダイから発売されたPS2用ソフト。初代ガンダムの一年戦争を題材としたアクションゲーム。俗にガンダム世代とばれる二十代〜三十代の人々に支持を得てヒット作となった。またサンライズから発売された「G・セイバー」はハリウッド映画になった。
レイヴン
フロム・ソフトウェアの「アーマード・コア」シリーズに登場する戦闘メカ。前出ガンダムとほぼ同義。本シリーズはPS史上最高のアクションゲームとの誉れ高し。
グランディア2
ゲームアーツの代表RPGシリーズ。セガのハード機、サターンとドリームキャストを主軸として展開、作品の完成度の高さからユーザーの支持を集める。
FF9
Final Fantasy(ファイナルファンタジー)シリーズ。スクエアが誇るRPG。ドラゴンクエストと並ぶ日本二大RPGのひとつ。「ファイナルファンタジー10」からPS2に移行。
ドラクエ7
Dragon Quest(ドラゴンクエスト)。エニックスの代表PRG。ここは2000年8月に発売となったPS版「ドラゴンクエスト7」。
テイルズ
ナムコのRPG、Tales(テイルズ)シリーズ。ここでは2000年11月に発売された最新作のPS版「テイルズ・オブ・エターニア」か。
オンラインゲーム
主にインターネットを使用したユーザ参加型ゲームの総称。ウルティマオンライン、ディアブロ、エイジ・オブ・エンパイア、スタークラフト、ファンタシースターオンラインなど。