地学の達人 −Survey 1−

 それは、風呂から出て間もなくの事であった。

 テレビの野球ニュースを眺めながらビールをひっかけていると、急にどたどたっと階段を駆け下りる音がした。

 おや、と思って顔を上げると、リビングに顔を出した息子の泰治と目が合った。

「何だ泰治、まだ起きてたのか」

 私は新聞を畳みながら、笑顔で言った。

「こんな時間にどうした?」

「あなたに手伝ってもらいたい事があるんですって」

 台所で私の夕食を準備してくれている妻が、息子の代わりに答えた。

「だから泰治、寝ずに待ってたのよね」

 泰治は母親の言葉に無言で頷いた。

「どうした? また算数の宿題か?」

 泰治は質問に答える代わりに、はにかむように前に来た。

 ……ふと見ると、後ろ何かを隠しているようである。

「あのね、パパ。――今、ひま?」

「ああ。どうした泰治。何を手伝ってもらいたいんだ?」

「……あしたまでに、図工のしゅくだい、やってかなくちゃいけないんだ」

 泰治は背中に隠し持っていた物を私の胸に押しつけてきた。

 ――それは、バルサ材で作ったログハウスの模型であった。

「ほう、良く出来てるじゃないか」

 まだ手の温もりが残っているログハウスを頭の高さに持ち上げ、電灯の光に浴びせた。小四が作ったにしては、なかなか大した出来である。

 ま、親ばかの目から見たら、かわいい子どもの作ったものは、どんなものだってよく見えてしまうかもしれないが。

「……おや?」

 ログハウスを観察していた私は、ふとある事に気付いた。

「何だ、この家、屋根がまだ固定してないじゃないか?」

「うん……」

「接着剤で付けるのか?」

「ううん。……あのね、屋根を付ける時は、くぎしか使っちゃいけないって、葉月先生に言われてるんだ」

 泰治は口をとがらせながら、言った。

「だけどうまくいかなくって」

 言われてみると、確かに固定されていないその屋根は、釘打ちを失敗した痛々しい痕跡をあちこちに残していた。

 息子は息子なりにがんばったのだろう。

「よーし、じゃあ、パパが手伝ってやろう」

 私はグラスのビールを一気に飲み干すと、静かに立ち上がった。

「こう見えても、パパは昔、図画工作が5だったんだぞ」

「わーい。パパ、ありがとうっ!」

 私は息子の肩を抱くと、一緒に二階の部屋へと向かった。

 数分後、息子の部屋から大きな泣き声が上がった。

 それを聞きつけた妻が、何事かと、エプロン姿のまま急ぎ足でやってきた。

 部屋に現れた妻は、放心状態で突っ立ったままの私と、泣きじゃくる息子との顔とを交互に見た。

 そして、困惑した表情で私に尋ねた。

「あなた、これは一体どうしたっていうの!?」

「あ、あははははは。いやあね、泰治の工作を手伝ってやろうかと思ったんだけど、つい力が入って、失敗しちゃってね。……あはははは」

「……パパのバカァ!!」

 草色の絨毯の上には、壊れたログハウスの残骸と、数本の釘と、地質調査用のハンマーが無言で転がっていた。

◆留意点

多くの地学者にとって、金槌と巡検用ハンマーは同意語である。しかも、その使用にあたっては、常に渾身の力を振るわなければ気が済まない。